吉田ゴンザブロー(老人アルバイター評論家)
昭和24年生まれの団塊の世代。シニア世代を代表し、老人の「アルバイト列伝」を日々発信。某私立大学経済学部卒。中小食品メーカーに入社。部長職に上り詰めたが、定年退職手前で会社が事実上倒産。現在はとある事情から、スポーツクラブの会員専用駐車場と大手コンビニ弁当工場のダブルワーカー。今日のテーマは「老人アルバイター回顧録 テレクラの思い出」です。
昭和・平成の思い出 テレフォンクラブ
老人アルバイター評論家・吉田ゴンザブローです。
老人は過去に向かって生きている。だから、馬場・猪木時代のプロレスや長嶋・王などが活躍していた昭和のプロ野球のことが忘れられない。
最近は若い人に限らず、いい大人までが、出会い系サイトやマッチングアプリなんかで、やりまくっているというが、うらやましいったらありゃしない。
俺達の頃なら、さしずめテレフォンクラブ、略して「テレクラ」かもしれない。
昭和の終わりくらいから出始めて、女子高生の援助交際で火が付き、平成の半ばくらまでなんとなく流行っていた。売春目的の利用が多かったという。
たけし軍団の井出らっきょが常用していたのは有名だ。
いまは、個室ビデオ同様、テレクラはすっかり影を潜めた。
若い人はわからないだろうから、少し説明しよう。
テレクラとは、女と出会いたい男が、固定電話のある畳一条くらいの個室に入り、女からの電話を待つ。電話がきて話をし、そこで意気投合すれば、外で会い、あわよくばホテルでSEXするといったやつである。まあ、自由恋愛ということだね。
ちなみに、電話がこなければ、料金がかからないシステムになっている。
平成のはじめ頃、テレクラの雇われ店長をやっていた、杉山司(71歳)という老人アルバイターがいるが、そいつの話では、「電話をしてくる女は、ほとんどが店が雇ったサクラだよ」とのことだ。
電話がとれなければ、料金がかからないのだから、サクラを使ってうまく回しているということだろう。
そうと知らず、電話をくれた女と繋がろうと、マシンガンのようにしゃべり倒す男達。盛り上がったところで、電話が切られても、次の電話を嬉々として待っている。
けっきょく、男って、いつの時代も悲しい生き物なのだ。
テレクラで身ぐるみを剥がされた老人アルバイターの思い出
老人アルバイターの吉田は、30年ほど前、単身赴任の寂しさを埋めようと、仕事終わりによくテレクラを利用していたという。
いつか、テレクラで意気投合した20代の女性と外で会い、ホテルに入った。
シャワーを浴びて、バスルームから出てきたら、その女の影がない。
トイレにでも入っていると思いきや、どこを見てもいない。
そう、吉田は、財布を女に盗まれたのだった。現金は8万円くらい入っていた。
身ぐるみを剥がされた吉田。泣く泣く自宅まで1時間歩いて帰ったとのことである。
もうおわかりだろう。この吉田とかいう男は、30年ほど前の俺のことだ。
いやー、あの頃は牧歌的な時代でよかったねー。なつかしいよ。
昭和・平成も遠くなりにけり・・・
※当サイトはある人物の依頼により立ち上げました。当サイトに登場する人物や職場などはすべて架空のものですが、実在する人物に取材をし、その方の話をモデルにし、本人と特定できないように大幅に修正しております。
コメント