老害というかもはや害 せめて思い出の1曲に浸らせろ!

老ター思い出の一曲

吉田ゴンザブロー(老人アルバイター評論家) 

昭和24年1月2日生まれ。シニア・団塊の世代を代表し「老人アルバイト列伝」を毎日発信している。サラリーマン時代はは経理部長を務めていたが、現在はアルバイトを2つかけもつ下流老人。今日のテーマは「老害というかもはや害 せめて思い出の1曲に浸らせろ!」です。

 

石を投げれば老人に当たる 若者よ許してくれ。。。

老人アルバイター評論家・吉田ゴンザブローです。

それにしても、昼にクルマを走らせていて感じるんだが、街は老人ばかりしかいないね。

あれでもそうとう頑張ってるんだけど、青信号の横断歩道もわたり切れないから、へたすりゃ轢いてしまいそうで怖い。

何もできないくせに態度はでかいし、プライドは高い。

老害というより、もはやただの「害」だよ。老人は。

老人の俺が見ても嫌な気持ちになるんだから、若い人なんかはハラワタが煮えくりかえるかんじでむかつくんじゃないかな。

「ジジイ死ね」ってね。

ごめんよ。若者たち。

俺たちもこんな世の中になるなんて思いもしなかったんだ。

もう少しでみんなあの世にいくから、怒らないで笑ってみていてくれないか。

 

さて、今日の「老ター思い出の一曲」は黒沢年男の「時には娼婦のように」だ。

黒沢年男 時には娼婦のように
作詞:なかにし礼、作曲:なかにし礼の曲 1978年2月

昭和53年の作品。

なぜか、この曲は放送禁止になった。なかにし礼の作詞があまりにも猥褻すぎるといったことがその理由だが、いま聞いたら何がいけないかわからない。

俺はこの頃、同じ町内会のヒシカワさんという小ぎれいな奥さんと不倫をしていた。

ヒシカワさんの奥さんは当時40代前半でどすけべな奥さんだった。

その頃、いきつけのスナックでいつも歌っていたのがこの曲である。

もう、戻れないあの頃。

若者よ、俺たちももうすぐあの世へ行くよ。

ごめんな。。。

 

 

※当サイトはある人物の依頼により立ち上げました。当サイトに登場する人物や職場などはすべて架空のものですが、実在する人物に取材をし、その方の話をモデルにし、本人と特定できないように大幅に修正しております。

吉田ゴンザブローについて
老人アルバイター

昭和24年生まれ・団塊の世代、吉田ゴンザブローは今日も生きる、生き続ける。「老害」「死んでほしい」と言われようが絶対に引くことはない。『老人アルバイターは、夢はないが、ささやかな幸せがある!』この言葉を信じて、2つのアルバイトを掛けもちする。スーパー老人アルバイター(評論家)・吉田ゴンザブローはブログで生き様を発信し続けます!

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